またまた報告が遅れましたが、10月8日~12日に開催されたサーフライダーファウンデーション国際会議が無事終了しました!


オープンシンポジウムにて集合写真。鴨川副市長(前列の背広の男性です!)の shaka に注目!

とにっかーーーーく、

超ーーーーーーーーーーーーーーー楽しかった!

2007年から毎年参加していますが、今年は、サーフライダーファウンデーションジャパン(以下、SFJ)の1993年の発足時から念願だったホスト国ということもあって、連日連夜、それはそれはとても濃ゆい時間を最高の仲間たちと過ごすことができました。

アメリカ、フランス、オーストラリア、アルゼンチン、カナダ、ハワイから集まった波乗り仲間たちと、いったい何をやったかというと

1日目

前日から東京入りしていた人、当日の朝成田についた人をマイクロバスに乗せて、日本のサーフポイント、海岸の現状をまずは見てもらうおう、ということで、初代事務局長の上田さんが案内人。

まずは、片貝新堤から

サンライズポイントへ立ち寄り

このコンクリートに覆われた砂浜は、外国人もびっくり。美しい砂浜とはいえません。

太東灯台でランチ休憩を取りながら、海に突出しているヘッドランド(人口岬)の説明をうけます。

ヘッドランドとは、海岸の砂の流出を防ぐために建設されていますが、それで本当に浸食対策となっているのか?と、疑問の声が多い環境問題です。また生態系への影響も大きく、景観も台無しです。九十九里浜では全22基、そのうち一宮海岸(南九十九里浜)は10基を建設中で、一宮町では、地元住民の有志が今年2月に「一宮の海岸環境を考える会」を結成し、一宮で着工されようとしていたヘッドランドの工事一時中止と見直しを求める署名を短期間で4万4000筆も集めました(一宮海岸には過去15年間で211回のアカウミガメの上陸があり、91回の産卵が確認されたそうです。しかし、上陸回数が年々減少していることや、アオウミガメの約6割が産卵できずに海に戻ることを話し、ヘッドランドの意義、意味について議論が交わされ、今後の工事は見直しとなっています。詳しくはこちら

夷隅河口をチェックして、部原海岸へ。SFJのボランティアスタッフたちも合流。

そして、今回の会議開催地、鴨川へ。到着が夕方になってしまったため、この日はノーサーフ。さんざん海をみてきて、波もよかったのに、海に入れないなんて。


ホテルは、コンドミニアムタイプ。早速、宴会場に早変わり。

ほとんどの参加者は初来日ということで、ジャパニーズカルチャーとおもてなしの心を味わってもらうべく、食事にも気をつかいました。みんな日本食は大好き!

2日目

一日びっちり、プレゼンタイムです。わたしは、司会進行とモデレーターを務めさせていただきました。


カンファレンス会場は、ホテルから徒歩15分の鴨川市民会館

まずは、ホスト国、SFJ代表、守山さん(michi)によるウェルカムスピーチ。

つづいて、CEO Jim Moriarty のオープニング。

ジムは、環境NGOの代表に多いハードコアなアクティビストタイプではなく、iPad, iPhone を片手に、常にツイッターとfacebook をチェックする、テクノロジーギークでビジョナリー。事業戦略やビジョンについて語ってくれました。

サーフィンは、ロング、フィッシュ、ショート、なんでも乗りこなします。ホームポイントは、サンディエゴのスワミーズ。去年一緒にいい波に乗りました。

そして、今年も一緒に波乗り。

気持ちよく乗っていたら、背後から

ジムの気配にまったく気がつかず

私のボードに乗り移ろうとしたジムにびっくりして、ぎゃあ!とみんなが振り返るぐらいの大声をあげてしまい

動揺して、すってんころりん

みてください、このジムの、してやったり!みたいな無邪気な顔!

結果、二人とも撃沈。

ジムと一緒に過ごす時間はとても学びが多く、インスパイアされることが多くります。CEOという立場でありながら、いつも気さくで、何かと気にかけてくれます。彼のポッドキャストは、レジェンドサーファーからサーフカンパニーのCEOまで登場していますが、光栄なことに、今回私もインタビューしてもらいました!ビッグウェーブにチャージする伝説のウオーターマン、Eddie Aikau に例えられている所以は後半のストーリーで明らかになります。こちらから視聴できます。ちなみに、サーフライダーは、パタゴニアやWhole Foods とならび、GOOD Magazine が選ぶ、「もっとも働きやすい会社ベスト30 」に選ばれました!

2日目の朝は、ホテルのバルコニーからチェックすると、いい感じのスウェルが!気合の5時半起きでみんなで海へ。

ホテルから歩いて鴨川グランド前で入水。ほぼ貸し切り状態でたくさんいい波に乗れました(あまりに調子良くて、乗りすぎ注意報を頂きましたけど。)波乗り写真は、サンディエゴのジョンが浜から撮ってくれました。Thanks Jon!

水もめちゃくちゃあったかいし、セットがくれば、「ゴーゴー!」とお互い声かけ合って、テイクオフ。サーフィンは、一人でするものですが、やっぱり、一人ですごくいい波に乗れたときよりも、仲間とのいい波をシェアできて、その喜びを分かち合えた時の方が、だんっぜん!楽しい。

ヨガのおかげか、少しサーフィンもうまくなったかしら。

ちょっとバレル?

ジムの戦友、サーフライダーヨーロッパCEO ステファン。

ヨーロッパ支部は今年創立20周年を迎え、この会議の翌週末には記念式典を控えた超多忙な中で参加してくれました(20周年のお祝いメッセージビデオには、プロサーファーも多数登場!)。前職は人道支援NGOでアフガニスタンやイラクなどにも派遣されたことあるステファンは、ロジカルでほんとうによーーーーくしゃべるフランス人です。彼がサーフライダーのトップに就いた7年前はスタッフが2人。それがいまや40人に増え、フランス以外に、スペイン、ポルトガル、オランダ、などでも幅広く活動しています。行政と連携した子どもたちへの環境教育や、ロビーイング、マーケティングキャンペーンなどがとても上手です。事業化としても相当やり手です。

ホームポイントは、ビアリッツ!

今回は、日本人のボランティアスタッフ以外に、通訳などのサポートで外国人のボランティアも参加してくれました。浜松からやってきたマイクが乗っているのは、ニーボード!

日本人も負けていませんよ。副代表 許さん(上)と、みんなの兄貴的存在 湘南在住トントン(川島務さん、下)

朝一の波乗りと、一日中会議室でアツイ議論を交わしても、夜は夜でエネルギーがあふれています。ザ・居酒屋、みたいな雰囲気に果たして外国人は盛り上がるだろうか、という日本人スタッフの心配をよそに、のっけから、コール連発の超ハイテンション!

日本人は迫力でまけないと、とにかく飲む!飲みまくる!

で、飲むとすぐに寝ちゃう副代表徳永さん

やっぱり、この人のエンターテイナーとしてのカリスマ性で右に出る者なし。

ハワイアンのように大柄のマット(USマーケティングディレクター)は、大のビール好き。飲む量もハンパじゃありません。今回でASAHIビールの味を覚えたよう。

お店の人も巻き込まれて、完全にいっちゃってます。

この日が誕生日だったクリスティ(オーストラリア事務局長)と、数日前が誕生日だったSFJ事務局員のキョウコちゃんへ、代表守山さんの粋な計らいで、バースデーケーキをプレゼント!

そして、宴は深夜まで続くのでした・・

3日目

低気圧の通過で鴨川は昨日の夜から朝から暴風雨!寝る間も惜しんで語り、波乗りし、飲みあかし、という日が続いていたので、ちょうどいい中休みになりました。

午前中は、SFJスタッフによるプレゼン。

よく、「サーフライダーファウンデーションって波乗りばっかりして、何か活動しているの?」と聞かれることがあります。確かに、何においても波乗りがプライオリティ高いですけど(笑)、主に4つの活動(事業)を展開しています。

教育
海岸調査
水質
六ケ所

では、それぞれについて簡単に紹介していきましょうか。

【教育】

学校での総合学習の時間等を使って、、「海の素晴らしさ大切さ、自分たちとのつながり、サーフィンの素晴らしさ」をつたえる出前授業をおこなっています。カラフルな紙芝居をつかった水の循環の物語や、室内でのサーフィン疑似体験など、都会の子どもたちにとってはとても学びの多い体験です。ただ、先生役をできる経験と能力をもつ人が限られているのが現状で、今後は、人材育成や教育ツールのマニュアル化等、効率化をすすめていくことが課題ですね。活動の詳細は、http://www.surfrider.jp/activity/education/


事務局、キョウコちゃんのプレゼン

【海岸調査】

人間は病気になったら病院にいきカルテを作成してもらい、健康状態を把握しますよね。同じように海岸も健康診断が必要です。残念ながら、日本の海岸は病気であるといっても過言ではない状況です。SFJでは、月に1回、決まった場所、角度からの砂浜の定点観測(砂浜の変化について、写真撮影によるデータ収集)を行って、サーフポイントカルテなるものを作成しています。活動の詳細は、http://www.surfrider.jp/activity/coast/


竹内君のプレゼン

【水質】

1年を通して海に入るサーファーにとって、水がキレイであることに越したことはありません。パドルをしていて、何となく臭かったり、ゴミがいつもより浮いていることに気づいたり、先週と海水の濁りかたが違うと感じたり、サーファー海の水質変化をダイレクトに感じてしまいます。そうなってくると、なぜ今日は臭うのだろう?このまま海に入り続けても体は大丈夫なのか?一体どれくらい汚れているんだろう?どうすればきれいな海に戻るのか?などの疑問がわいてきます。SFJでは、1999年から水質調査をスタートさせ、COD(水中の有機物が分解されるときに消費される酸素量)、ph(水素イオン濃度)、大腸菌群を測り、調査時の日付、時刻、天候、風向き、波の大きさ、気温、水温も大事なデータとして記録しています。活動の詳細は、http://www.surfrider.jp/activity/water/


見かけによらず、某大使館で経理というお堅い職業の佐野君。酔っぱらうとsexs pistols 歌ってくれます

【六ケ所】

これは、日本独自の活動で国際的にみても非常に注目されています。私も、六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場を知ったことがきっかけで、【これはなんとかせねば!】とおもい、SFJのボランティアとしてかかわり始めました。SFJの熱心なサポーターでもあるプロサーファーの木下デイヴィッドくんは、2007年に一緒に再処理工場へ視察にいって以来、精力的、主体的に活動に関わってくれています。黒板を使って、六ケ所再処理工場の現状をわかりやすく解説してくれました。エネルギー問題、とくに原発はとても複雑で難しい問題です。20年以上、反原発を唱え、活動しているNGOの諸先輩方や地域団体には、ほんとうに頭が下がります。だから、SFJとしては、声高に反原発!と訴えるより、既に活動している人々と連携しながら、環境負荷の低いライフスタイルへのシフトをサーファーや若い世代にむけてわかりやすく提案したりしています。活動の詳細は、http://www.surfrider.jp/activity/rokkasho/

近代化された便利な都市の暮らしの裏側で排出されたゴミ、汚水、そして放射能までもが、最終的には海に流れ着きます。サーファーじゃなくたって、みんなキレイな海のほうが好きにきまっている。

午後からは、一般公開となってゲストをお招きしてのシンポジウム。


地元の方、鴨川サーフィンクラブのみなさま、サーファーなど80名ぐらいの方に来て頂きました!

今回、この会議が鴨川で開催となった理由は2つあります。ひとつは、SFJが1993年に発足した場所ということ。そして2つ目は、鴨川は、日本のサーフィンの発祥地のひとつであり、日本のサーフィン史のなかで重要な役割を果たしたのは、いまはなき【赤堤】と呼ばれるサーフポイントがあったからです。60年代のはじめ、アメリカでサーフィンブームが起こると、在日米軍たちが鴨川の海でサーフィンをはじめました。その後、日本の「KAMOGAWA」の地名はアメリカ西海岸のサーファーの間に伝えられ、サーフィン映画の傑作「エンドレス・サマー」に、幻の【赤堤】の波が収められているのは、サーファーなら一度は見たことがあるでしょう。しかし、世界に誇る伝説の赤堤でさえも、港の拡張計画という工事の名のものとに、消滅してしまいました。

その歴史的経過を元SFJ事務局長 上田真寿夫さんが語ってくれました。ゲストには、初代SFJ代表の大久保友美さんや

そのむかし、赤堤で波乗りしていた鴨川レジェンドサーファーの川井幹雄さんも!

基調講演は、SFJのアドバイザーでもあり、海岸環境研究者、九州大学大学院工学研究院環境都市部門(環境流体力学研) 准教授の清野聡子さんによる、【.生物多様性条約世界会議と沿岸域保全の結びつき:日本における海洋保護区設定の可能性 】について。

その後は、.海外での海洋保護区設定の動きについて、カリフォルニア州マリブのサーフライダー・ビーチ保護区の事例などを、US環境問題部門ディレクターのチャドがプレゼン。

波はよくても、水質は最悪のマリブ(通称 BU)を改善しようというポスター。

通訳をつとめてくれたのは、オアフ支部の共同代表で現ハワイ大学院に通う久保田亮くん

二人とも頭の回転が速く、聞き上手。そして、サーフィンもうまいときた。


チャドは、トラッセルズの波が大好きだという


普段はオアフで波乗り。日本の波も好きだという亮くん

白熱した会議が終わって外を見渡すと、雨もからっとあがり、青空が!まるで、このタイミングを待ってくれていたかのようです。

長い一日を終えて夕方のセッションを楽しむ人たちもいれば、

夕焼けをみながら浜辺を散歩したり、それぞれの時間を過ごしました。私は、軽く汗を流したくて、海沿いをジョギング!

鴨川最終日の夜は、レセプションディナーということで、地元で人気のイタリアンレストラン「Kid’s」にて、立食パーティー。シンポジウムに参加された方も、地域の方や、一般の方、東京からわざざわ駆けつけてくれたSFJメンバーなども加わって、100名規模のビッグイベントに!


許さん(左)と守山さん(右)。最高の二人です


影の立役者で頼りになるお姉さまたち、事務局の筈谷あきちゃん(右)と菅谷恭子ちゃん(下)。お世話になりました!

DVD「赤堤の歴史」の上映があって、レジェンドサーファーたちが昔話に花咲かせたり、サプライズで鴨川在住の加藤登紀子さんとYae さんが登場して一曲披露してくださったり、

そして、クライマックスは、サーフフォトグラファー佐藤傅次郎さん撮影によるジェリーロペス主演&ナレーションのフィルム”MANA”とKAZZさん、西藤ヒロノブさんんのライブ!もあり、、会場のテンションは最高潮に。フィナーレにふさわしい、最高の夜でした。

それでも、飲みたらない人たちは、日本の便利なコンビニ、という場所にほれ込み、足しげく通い、必ずどこかの部屋が犠牲となって、夜な夜な盛り上がっていました。それにしても、よく学び、よく遊ぶ!

迎えた最終日。連日数時間の睡眠でさすがに疲労もピークに・・かと思いきや、テンションがあがっているせいか、ぜんぜん元気!!

午前中は、来年の3月末で現理事の退任に伴い、4月以降の新体制と今後のSFJの発展のために、SFJの強みや弱み、さらには、サーフライダーという組織のあり方について活発な議論が交わされ、各国の意見や組織運営はとても参考になりました。

なかでも、オーストラリアは、現事務局長のクリスティが正式にフルタイムで配属されるまでは、理事には大御所のおじさまがたはいたものの、実務的なことや組織経営は全くといっていいほど機能していませんでした。しかし、若干26歳のクリスティは、彼女のやり方でアグレッシブに改革をすすめています。具体的には、会員名簿を片手に、片っぱしから会員に電話をかけ、メンバーシップを更新してもらうよう嘆願。ヒット率こそ低かったものの、「やらないよりはましでしょ」と。また、イベントなどに積極的にブース出展をしては、フライヤーを配り、新規メンバーを勧誘。着実に会員数を増やしています。


最年少24歳のヘイリー(左。バンクーバー支部)も有給スタッフではないけど、バンクーバーをかなり盛り上げています。と、26歳になったばかりのクリスティ(右)

そして、ついに、全会議アジェンダ、無事しゅーーーりょーーーー!
至らない司会でしたけど、なんとかみんなのお世話ができたと思います。

さて、あとは、急いで波乗り波乗り!
みてください、この夏のような日差し!
海を見ながらのランチは格別においしい!

張り切りすぎて水着で入水。10月半ばだというのに。でも、ぜんぜん寒くなかった。4日間で、皮膚感覚も外人並みになったんでしょうか?

最終日の夜の宴といえば、やっぱり、ここでしょう。

鴨川で満足されては困ります。都会の夜遊びも味わってもらわないと。ネオンきらめく都会の夜に、みんなウキウキ!

焼き鳥⇒カラオケという王道コース。久々に発狂、荒れ狂う人たちをみました。カラダが大きいだけに、日本人の盛り上がりっぷりより、タチが悪い(笑)。ご本人たちの名誉のために激レアショットは非公開として、お行儀のよい一枚だけにしますが、いや、ほんとーにすごかった。部屋が壊れるかとおもった。

で、私が記憶しているのは深夜2時すぎまで。さすがにおとなしく、そっとホテルに帰りました。あとで聞けば、一人、また一人とフェードアウトし、あるものは、深夜のドンキホーテを物色、あるものは、新宿歌舞伎町、花園町を探索にいったとか・・・、みんな自由だなあ!

終わってみると、あっという間の4日間。
終わってみると、もっかい最初からやりたい自分がいる。
終わってみると、急にさみしくなる。
終わってみると、もうすでにみんなにまた会いたくなっている。

サーフライダーのみんなは、まるで家族のよう。

一緒にいなくても、どんなに離れていても、その存在だけで強くなれたり、嬉しくなれたり、優しくなれたりする。

みんな、日本に来てくれてどうもありがとう!
そして、運営にかかわったスタッフのみなさま、会議実現のためにご協力頂いた全ての方へ、本当にありがとうございました&
お疲れ様でした!